大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成4年(ワ)10012号 判決 1993年2月19日

原告

高野直規

被告

ストロングスリッパ工業有限会社

右代表者代表取締役

平岩宏司

右訴訟代理人弁護士

田中義之助

北澤和範

田中誠一

田中修司

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、一〇〇万円及びこれに対する平成四年六月二五日(訴状送達の日の翌日)から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告を解雇された原告が、解雇理由のない違法な解雇により金一〇〇万円相当の精神的損害を被ったとして、被告に対し、不法行為に基づき、損害賠償を請求した事案である。

一  基礎となる事実関係(末尾に証拠番号を挙示した以外の事実は、当事者間に争いがない。)

1(一)  被告は、スリッパの製造販売を業とする会社である。

(二)  原告は、平成四年二月四日、被告との間で雇用契約を締結し、同日以降被告の柏配送センター(以下「配送センター」という。)に勤務した。

2  被告の就業規則には、解雇に関し、次のとおり定められている(<証拠略>)。

「第一六条 従業員が次の各号の何れかに該当するときは、三〇日前に予告するか、又は労働基準法第一二条に規定する平均賃金の三〇日分を支給して解雇する。(但書は省略)

(3) 勤務成績又は能率が不良で就業に適しないと認められたとき

((1)、(2)、(4)、(5)の各号は省略)」

3  被告は、原告の勤務状況が就業規則一六条一項三号に該当するとして、原告に対し、平成四年三月六日付けで、同年四月一〇日限り原告を解雇する旨の解雇予告の意思表示をした。

4  原告は、同年三月一六日以降、配送センターに出勤しなかった(<証拠・人証略>)。

二  本件の争点は、本件解雇が解雇理由のない違法な解雇であるか否かである。原告は、本件解雇は解雇理由のない違法なものであり、これにより一〇〇万円相当の精神的損害を被ったと主張したのに対し、被告は、本件解雇理由を次のとおり主張した。

1  原告は、採用時被告に提出した履歴書に記載されていない就業先を相手方として不当解雇を理由に訴訟を提起していた。そのため、原告は、平成四年二月七日、同月一四日、同月二〇日の三日間裁判所出頭を理由に欠勤した。

2  前記履歴書には、健康状態が良好である旨記載されていたにもかかわらず、原告は、糖尿病の持病があることを理由に、勤務時間中に勝手に休憩をとり、パンを食べるなどした。

3  原告は、被告の配送センター二階に置いてあるストッパー用の板(幅一〇センチメートル、長さ四〇センチメートル位)を蹴って、一階に落とす行為を繰り返した。

4  原告は、上司の指示に対して反抗的であるうえ、同僚との間の協調性がなかった。

5  原告は、一か月余りの間に無断欠勤及び遅刻が各一回あった。

第三争点に対する判断

一  証拠<証拠・人証略>)によれば、原告の勤務状況について、次の事実が認められる。

1  原告は、平成四年一月二九日松戸公共職業安定所の紹介で配送センター所長の採用面接を受け、同年二月四日から同配送センターで就労した。原告の仕事内容は、スリッパの値札付け及び結束、荷物の搬入及び搬出であった。勤務時間は、原則として午前九時から午後六時までであったが、荷物が早朝に搬入される日は午前七時の早出出勤とされていた。

2  原告は、被告に提出した履歴書に記載されていない会社を被告として不当解雇を理由とする民事訴訟等数件の訴訟を提起していた。原告は、裁判所へ出頭するため、配送センター所長に事前に届け出たうえ、入社直後の同年二月七日、同月一四日、同月二〇日の三日間を欠勤した。原告は、採用面接の際、右事実を申告しなかったが、入社後になって、被告の専務取締役に対し、七、八件の訴訟を提起していること、裁判所に出頭するために会社を休むことがあることを伝えた。

3  原告は、作業時間中、一つの作業を終えると、次の作業があるのに勝手に休憩をとってパンを食べることを繰り返したため、専務取締役は、これを目撃する都度、原告に対し、注意を与えていた。原告は、二月一二日、最初の早出出勤の作業中に気分が悪くなり、その際、専務取締役に対し、糖尿病の持病がありインシュリンを注射していることを初めて申告した。しかし、前記履歴書の健康状態欄には「良好」とのみ記載されていた。

4  原告は、配送センター二階作業場において、他の従業員から「下に人がいたら、危ないから止めろ。」と注意を受けたにもかかわらず、「人がいないから。」と言って、荷物運搬用台車の木製ストッパー(長さ三〇センチメートル)を一階に蹴落とした。原告は、同じことを、もう一度繰り返した。

5  原告は、仕事上の能率が悪く、普通一時間でできる仕事を二時間位かかり、値札付けも度々間違えた。また、原告は、他の従業員から作業に関して注意を受けると、教え方が拙いとか、指示の仕方が悪いとか言って文句をつけることが多かったうえ、スリッパの結束及び値札張りの作業中、他の従業員から急ぐ作業の協力を求められても、「そんなに急ぐんなら、自分でやったらいい。」などと言って、協力しようとしなかった。そのため、他の従業員から苦情の申入れが度々あり、専務取締役は、原告に対し、他の従業員に協力するように注意したことが二、三回あった。

6  原告は、同年二月二七日、荷物搬入のため午前七時に早出出勤すべきところ、午前一〇時頃に出勤し、三時間の遅刻をした。配送センター所長が原告に遅刻の理由を問い質したところ、原告は、銀行に行って遅くなった旨弁解をした。そこで、所長が、「三人で荷物を降ろしているのだから、一人が欠けても困る。」と注意すると、原告は、「他の人に迷惑を掛けているわけではない。」と答え、反省の態度を示さなかった。その後、原告は、同年三月三日にも無断欠勤をした。

以上の事実が認められ、右認定に反する原告本人の供述は信用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

二  右認定した事実によれば、入社してから僅か一か月余の間の原告の勤務成績は、全体的にみれば不良というほかなく、解雇規定である就業規則一六条一項三号所定の「勤務成績又は能率が不良で就業に適しないと認められたとき」に該当するものというべきである。

なお、裁判所出頭を理由に一か月余の間に三日間欠勤した事実については、訴訟を提起追行することは原告の正当な権利であるとしても、被告は、原告から右事実を告知されないまま原告を採用したこと、今後もこのような状況が継続することが予想されることからすれば、原告の訴訟に何ら関わりを持たない被告が右状況を受忍しなければならない理由はないから、勤務成績の評価にあたって、裁判所出頭を理由とする欠勤を原告の不利益に考慮することも許されるものというべきである。また、原告の勤務成績の不良が糖尿病に起因するものであったとしても、原告が履歴書の健康状態欄に「良好」とのみ記載し、採用時に糖尿病の事実を秘匿したことは、肉体労働が要求される配送センター業務に対する原告の適性についての被告の判断を誤らせたものであって、雇用契約上の誠実義務に反するものであるから、このことは、前記判断を左右するものではない。

そして、前記認定した事実に照らせば、本件解雇が社会通念上不合理であるということもできない。

したがって、本件解雇は有効であり、適法な解雇であると認めるのが相当であるから、本件解雇が解雇理由のない違法なものであるとの原告の主張は理由がない。

四  以上によれば、原告の本件請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 坂本宗一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例